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空襲被害者等援護法Q&A
Q9.
「沖縄戦」の一般住民被害者は、援護法により「補償」されていますか。
援護法の米軍占領下の沖縄へ適用
米軍に占領された沖縄には、軍人軍属中心の戦傷病者戦没者遺族等援護法(1952 年制定)が当初適用されず、一般住民はもとより軍人軍属も含め「援護金」は支給されませんでした。
県民の4分の1の死者と多数の負傷者を出し、焦土と化した沖縄では、県民の生存が危機に瀕していました。被害者は、国に対して必死に援護法の適用運動を展開した結果、1953年に援護法が適用されました。
しかし、ぞれは軍人軍属のみに補償され(沖縄戦関係では28,228 人に対してのみ)、圧倒的多数の一般住民被害者は適用外とされました。
全民間戦争被害者への援護法適用運動高まる
これには、一般民間戦争被害者が我慢(受忍)できませんでした。遺族会を中心に世論が高まり、全民間戦争被害者救済と援護法の沖縄への適用運動が広がり、対日本政府交渉をねばり強く行いました。
その結果、政府は1957年(昭和32年)に閣議決定により一般住民被害者の中で「戦闘参加者」と取り扱うべき事例20項(食糧提供、濠の提供など)を決め、それらに該当するときは「戦闘参加者」、すなわち「準軍属」として援護法を適用すると決定し、一部の住民を救済する措置をとりました。
日本政府が、もしこのような部分的救済措置でもとらなかったならば、沖縄の世論は、日本政府への批判が高まり、アメリ力の支配を揺るがす大運動に発展したことは確実だったと見られたからです。
しかし、この措置は同じ被害を受けた一般住民の中に選別(差別)を持ち込み、それによって県民世論は分断され、その後、全民間戦争被害者救済運動は沈滞し、事実上消えてゆきます。
戦闘参加者認定と一般住民間差別
戦後になって事後的に日本政府が作り出した基準による一般住民の「戦闘参加者」は、同じ戦争被害者である一般住民の選別(差別)でもありました。
両者は沖縄戦の被害者という点では全く同じです。沖縄戦の被害者は日本軍の軍事作戦行動に従ったために被害を受けたものであり、選別自体根拠はなく不当なものです。
認定された一般住民には6,500万円の支給例も
戦闘参加者として取り扱われた一般住民の数は約54,000名で、「準軍属」として軍人軍属と同額の補償がされています。「戦闘参加者」の受給者数は、沖縄県福祉・援護課の統計資料では、平成23年3月末現在52,332人にのぼっています。
「戦闘参加者」と取り扱われた死没者の遺族に対しては、準軍属の遺族として遺族給与金が公務(戦争)死亡として年間1,966,800円(最近の年支給額。取扱時より5年間遡及)が支給されます。また、弔慰金として、死没者の兄弟姉妹等に対し4万円~5万円が支給されます。
戦闘参加者とされた障害者には、障害年金が支給されます。公務傷病の場合、その程度に応じて、年間、特別項症認定9,729,100円~第5款 症認定961,000円が支払われます。年金にかえて一時金を選択した場合、公務傷病第1款 症6,088,000円~第5款 症2,855,000 円が支払われています。
放置されている死者5万人・負傷者5万人
「戦闘参加者」概念から外されている援護法未適用者は38,900人余です。これに、船舶撃沈による死者や戦争マラリア死者などを含めると約5万人の死没者が放置されています。負傷者で後遺障害者も推定5万人が放置されています。
なお、沖縄県民の戦死者を15万人と推定した場合は、未補償の死没者数は、15万人から、軍人軍属28,228人と戦闘参加者として取扱われれた約5万4千名を除いた67,772人と計算されます。
未補償の民間戦争被害者は、2010年10月に「沖縄・民間戦争被害者の会」を結成し、立法救済運動と国を被告とする「謝罪と国家補償」を求める集団訴訟の提訴(今年6月予定)のための活動を強めています。
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